A:海難の化身 船幽霊
「船幽霊」を知っているか?
海上をさまよう「幽霊船」のことじゃないぞ。水難事故で死んだ人たちの魂とも言われていて、ヒシャクで船に水を入れて、沈めようとするんだとか。
ずいぶん回りくどい、やり方だと思わないか?ともかく、その船幽霊が「出た」そうなのだ。言い伝えによれば、底の抜けたヒシャクがあれば、魔除けになるらしいから、用意しておいたらどうだ?
~クラン・セントリオの手配書より
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ショートショートエオルゼア冒険譚
紅玉海に接する村々に伝わる伝承がある。
「昔この地を守っていた氏神様はその二人の息子に手伝わせて漁に出れば大漁を約束し、様々な厄災からもこの地を守っていたそうだ。地域の民は大変厚い信仰心をもって敬い、それはそれは平和に暮らしていたそうだ。そんなある日頃の精進の甲斐あって氏神様がさらに上位の神様に昇華する事になった。それを知って大変喜んだ氏神様の息子兄弟は海を渡って上等のお酒や珍しい食べ物をたくさん集め、父をお祝いしようと考えた。だが沢山の食べ物とお酒をもって帰ってくる途中、自分たちが海の管理を疎かにし留守にしたことで起こってしまった激しい嵐に巻き込まれ、兄弟を乗せた船は転覆。兄はなんとか陸まで泳ぎ着いたが、残念ながら弟は海で溺れてしまった。氏神様は大変悲しむと同時に、役割を無断で放棄して出かけた事を激しく叱責した。だがそれが自分のお祝いをするためだったという事を知った氏神様は事情も知らず叱責したことを悔い、兄に対して償いに何か一つ望むことを叶えようといったそうだ。兄は弟を生き返らせてほしいと懇願したがそれは氏神の力を超える事でできなかった。それでは代わりにと兄はこういった。職務を無断で放棄しその結果起こった嵐で弟がなくなったことは氏神の息子としての立場を弁えなかったことに対する罰だと考えている。それでも父上に許して頂けるのであれば、私に海で亡くなった人の魂を集めて陸へと送り家族のもとに帰すという仕事を与えて欲しい、と言ったのだそうな。氏神様は息子の願いを聞き届け、兄にその役割を与えたそうな。それ以来、兄は海難事故で亡くなった人の迷える魂を持ち帰る有難い存在として漁民たちから厚く信仰を受け、そのことで兄は上位の神へと昇華した。いまではその役割は一度陸へと送り届けられた者の魂がにない、自分がされたのと同じように他者の魂を集め一つの塊となって陸へ導くのだとされている。それを称して「船幽霊」と呼ぶようになった」という話だ。
だが村の長から依頼されたのはその「船幽霊」の討伐だった。なんで魂をわざわざ連れ帰ってくれる船幽霊を討伐するのかと問うあたし達に長はこういった。
「陸へ戻った魂が自分の家族をあっちの世界に引っ張って行ってしまうからさ。伝承にはうたわれていないがそれが現実だ」
あたし達が村長の家を出ると、幼さの残る少女に声を掛けられた。なんでも数年前、海難事故で父と母を一度に亡くしてしまったらしい。どうしても魂の集合体を見つけて、一目でいいからもう一度父と母に会いたいといい、今回の依頼に連れて行って欲しいと言ってどうしても退かなかった。あたし達は仕方なく、渋々それを承諾した。
そして今、伝承の姿とは似ても似つかない禍々しい船幽霊の姿に、少女は真っ青になって岩に背を預けて震えていた。美しい両親の姿を想い描いていたであろう少女を連れてきたことを激しく後悔していた。
船幽霊は頭の上から足の先までおよそ3m程。黒い頭巾にお面の顔が生肉のような色の胴体の上に載っているのだが、その胴体部分にも苦悶の表情を浮かべたような顔らしきものがあった。くねくねと潮に揺られる海藻のような「手」らしきものが付いていて、本来足のある部分には無数の触手のようなものが付いていてウネウネとうねっている。それが砂浜の波打ち際の地面から2mほどの高さの所をフワフワ漂っている。これは伝承で言う魂の集合体ではない。間違いなく海難事故で亡くなった人の魂を貪り喰う悪鬼だ。
「ごめんね、すぐ終わらせるから」
うずくまってい震えている少女に声を掛けるとあたし達は岩場から走り出た。相方が剣を構えながら一気に距離を詰める。あたしはタイミングを逃すまいと相方の動きを観察しながら、いつでも攻撃できるようごにょごにょと口の中で詠唱を始めた。
あたし達の存在に気付いた船幽霊は身体をこちらに向けると一瞬体を縮めた。何か来る!
「気を付けて!何かする気…」
そこまで言った瞬間、船幽霊の胴が横にパクッと割れ、胴体にあった苦悶の顔が口を開いた。一瞬だけ耳にキンッという衝撃が走った・・・・だが、それだけだった。相方は走り寄った勢いのまま飛び上がり船幽霊を斬り付けた。船幽霊はふわっと風に揺れたかのように体を揺らし攻撃を躱した。
今のはなんだったのか?不思議に思うあたしの横を少女がフラフラと呆けた顔で通過していく。
「お父さん…お母さん…」
焦点の合わない目のまま涙を流し抱きつこうとするかのように手を前に出しフラフラと船幽霊に近づく。
「…幻覚!そういうことか!」
船幽霊は海難事故でなくなった家族の幻影を遺族に見せ、おびき寄せて喰らうつもりなのだ。あたしは少女に掛け寄ると肩を掴んで振り向かせ、少女の頬を平手で何度か叩いた。
「しっかりしなさい!!」
その瞬間、船幽霊の背筋の凍るような、冷たく、怒りに満ちたしゃがれた声があたしの耳にはっきりと聞こえた。
「邪魔をするなぁぁ…」